輸入先紹介

輸入先紹介

M&N FINLAND LOG HOUSE では、ログハウスキットをフィンランドの「NIINI FINLAND OY社」より直輸入しています。

ここでは、「NIINI FINLAND OY社」のご紹介とその代表であるカウコ ニーニコスキー氏との出会いとその後の交流についてご紹介いたします。

NIINI FINLAND OY社

NIINI FINLAND OY社は、フィンランド中西部レイスヤルビという、人口約3,000人の町に1978年に設立され、中央フィンランド産の目の詰まったフィンランドパイン(赤松)を原料に、マシンカットの角ログハウスを販売しています。

日本には1987年以降これまでに約200棟を輸出していますが、特に2001年からは私たちM&N FINLAND LOG HOUSEを通じて高品質のラミネートログハウスをお届けしています。


ニーニコスキー氏との出会い

私たちM&Nが運営するログハウスの貸別荘「ログキャビン彩1st」のプランを決めるために、フィンランドのメーカーとのファクスでのやり取りは、50回に上りました。 まず、この会社がどんな会社かわかりません。 会社概要を送ってもらい、また電話やファクスでのやり取りをとおして、この会社の社長であるニーニコスキー氏の人柄が見え、信用に足る人物と確信しました。・・・それでも最後は、決断あるのみ・・・

品物がヘルシンキ港を出たときに、全額を支払うのですが、やはり心配でした。

・・・本当にログは送られてくるの?と・・・

今思えば、取り越し苦労の笑い話ですが、当時は真剣でした。ニーニコスキー氏の人物については、いくつかの日本のログメーカでも取り引きを通して知っていることと思います。私は、自分の仕事に誇りを持ってハイクオリティーなログを製造販売している、少し頑固で、とても誠実な人物と評価しています。


『彩1st』のキットは1996年6月8日に那須に無事到着しました。これと前後して、彼から連絡が入り、仕事で日本に来るので、会いたいというのです。この時は、私の仕事が忙しく、結果的に会えませんでしたが、内心はホットしたものです。

というのも、実は私、英語がほとんどしゃべれません。これまでの電話やファクスでのやりとりはたんなる単語の羅列、しかもほんの僅かな語彙のみで。

でも、これ以後も、月に1度は電話が来ます。『ログを買う人はいない?』と。 私は、現役の公務員、もちろん商売なんて出来ません。でも、友人としてなんとか彼のログを売ってあげたいという気持ちが大きくなっていきました。 そして、1997年5月再び彼が日本に来ました。

今度は断れません。千葉のシティーホテルのロビーで初めて彼に会った時は、なんとなくとても感動しました。知らず知らずのうちに、フィンランドにお友達が出来ていた。・・・と。

2棟のログハウスを建てた折、基礎工事をお願いして以来、すっかり親しくなった、那須街道沿いでハンドカットログの設計施工・輸入雑貨を手広く扱っている会社の社長に彼を引き合わせるべく、ニーニコスキー氏と2人で那須に向かいました。相変わらず英語がだめな私は、彼と寝食を共にした3日間ですっかりジェスチャーがうまくなりました。 この商談がうまく行き、ニーニコスキー氏のログ販売を行うことになりました。

・・・内心 やった』と思いました。そして、この年5棟の実績を上げました。


1998年3月、ニーニコスキー氏は再び来日しました。今回は我が家に招待し、家庭料理を味わってもらいました。家族はパニックでしたが、 更に友情を深めるものとなりました。もちろん那須にも行き、「彩」の出来栄えを確認してもらいました。 「とてもよく出来ている」と言っていましたが、まあお世辞半分といったところでしょうか。

この年ニーニコスキー氏のログは10棟売れました。他のメーカーの角ログを手掛けたログビルダー4人にニーニコスキー氏のログの感想を求めたところ、全て「クオリティーが高く、建てやすい」 との評価を得ました。この品質については、1級建築士も太鼓判を押しています。


1999年9月20日ニーニコスキー氏は再び来日しました。自宅にも招待し、いつものようにログの話しに花が咲きました。

横須賀の現場と八ヶ岳の現場を一緒に見て回りました。

東京まで彼を送る際、お台場のホテルで、翌年那須で建築を予定されている山本さんご夫妻と2時間ばかり打ち合わせをしました。お忙しい時間をさいての打ち合わせでしたが、ニーニコスキー氏のログにほぼ決定しました。



(Jun 22,2000) フィンランドに行ってきました!


たった一人(当たり前)でフィンランドに行ってきました。出発前から直行便が取れないなど、「やな予感」のフィンランド行きでしたが、本当に素晴らしい自然と、温かな人間に触れ、感動の旅行でした。

ロンドン経由でヘルシンキに到着したのは、午後10時半。沈まない太陽が、沈みかけているときでした。その日はホテルに直行。翌6月11日(日)は、ゆっくりヘルシンキ観光を楽しみました。

12日ヘルシンキからニーニコスキー氏の待つKOKKOLA空港へ。迎えに来てくれた、KAUKOと息子のSAMIと一緒に建具製造工場へその後、この日は、周りの観光をしてホテルに。初めてサウナに入りました。 この後の行程は、コッコラで1泊、コッコラから東へ120km程のReisja:rviにKAUKOの家があり、ここで2泊、ヘルシンキに戻りここで1泊でした。


2日めにKAUKOの家から20kmほど離れた湖畔のサウナに彼の奥さんのRAILIと3人でピクニックを兼ねて行きました。

何と夕食後の8時半出発です。 ここは、通常入れません。森の入り口にゲートが有り鍵が掛かっています。彼の友人が管理をしているらしく、5kmほど離れたところまで鍵を借りに行きます。 ゲートから18kmほど入ると、森の奥に入る木の橋(尾瀬の歩道の様)が続いています。


ここで車を降り、1kmばかりピクニック。目の前に湖が広がり、小さな小屋が3棟建っていて、更にその奥にサウナが見えます。

湖の水を汲み、サウナで使います。更衣室も無く、スッポンぽんで・・・全くおおらかです。


12時に帰宅の途に。この森の幻想的な雰囲気は言葉では言い表せませんでした。

ムースや熊が住んでいるようですが、この日はウサギが3匹だけでした。 その日以後、これからの仕事に必要な各工場見学を5個所。観光を織り交ぜ、娘のMILLAまで、付き合ってくれました。 MILLAは18歳、SAMIは17歳。共に、将来は父・KAUKOのログの仕事を手伝うそうです。

帰りは、ヘルシンキまでの600kmをSAMIと一緒にドライブで、送ってくれました。

とにかく、「すばらしい!!!」の一言。・・・そんなフィンランド行でした。



(September 11,2000) ニーニコスキー氏 来日!!


今日、ニーニコスキー氏から、日本に着いたと電話が有りました。

幾人かの人と打ち合わせをした後、会いたいと言います。ちょうど14日から那須でログキャビンご利用者とお会いすることになっていた為、一緒に那須に行くことにしました。 ちょっと気になるのは、彼の声が明らかに「風邪声」なんです。

「大丈夫なの?」と聞きましたが、いつもの「ノープロブレム」。

まあたいしたことはないだろう。と、この時は思いました。


体調を崩し、那須にも来れなかったニーニコスキー氏は、19日の午後携帯に電話をよこしました。「少しはよくなっている」と言いますが、来日以来1週間が過ぎているのに回復していません。声も苦しそうに思えました。


銀座のダイエーホテルに滞在していることと、電話番号を聞きましたので、5時の終業ともに、京浜急行に飛び乗り、ホテルに向かいました。 ホテルに着いてから、呼び出しましたが、外出はできないようなので、彼の部屋に行き3ヶ月ぶりの再会となりました。


一見して体調は悪そうです。「熱は? 医者へは行った? 薬は飲んでる?」と矢継ぎ早の私。 机の上には、コンビニで購入したパン・ヨーグルト・ジュースなどが置いてありますが、食べてはいません。 元々太っているので、そうやつれた様には見えませんが、食欲が全くないようです。 しばらくすると、だるそうなのに、スーツケースから私と家族の為に持参した、プレゼントをくれます。今回は、奥さんのRAILLIお手製のジャムとジュースもあります。

「こんな重い物をわざわざ持ってきてくれたの!!」心温まる贈り物に、感謝!感謝!!


Cowberryという、フィンランドの森にある低木の真っ赤な実ノギャムとジュースは、後日いただきましたが、とても美味しい物でした。 私と話しているうちに、少しは元気になってきました。でも、大事をとって自宅で静養させることにしました。

20日は、休暇を取って車でホテルに行き彼を乗せ、横須賀へ。 娘の彩子が幼児期にとてもお世話になったお医者さんに見てもらいました。結果は、「かるい風邪」とのこと。 マイナス5度のフィンランドから湿気の多い30度の東京という、急激な環境変化が原因のようです。

4日分の薬もいただきいざ、会計。保険もないし・・・覚悟していたら、看護婦さんが「先生が2,000円でいいと言っています」と。 林先生に感謝!!


私の家族とは、1年ぶりの再会です。はじめは戸惑い気味だった母も、3度目の訪問ともなれば、「いらっしゃい!」と日本語でご挨拶。 とりあえず、シャワーを使わせ、しばらく寝かせました。

1時間寝ると2時間起き、水とオレンジジュースをがぶがぶ飲みます。この日、食欲は有りませんでしたが、慣れないホテルよりはリラックスできたと思います。 彼の体調に配慮し、あまり話しはしない様にしました。


翌日は、休めませんでしたので、妻に休暇を取ってもらい、彼の面倒を見てもらいました。でも、妻と近所の商店街に買い物に行ったそうです。 具合が良くなくても、シャワーを浴び、冷たい物をのみ、散歩をするって・・・

フィンランド流なんでしょうか?


役所から戻ると、ニーニコスキー氏は、「東京に戻ってミーティングに出る」といいます。「体調は大丈夫なの?」と言うと、いつもの「ノープロブレム」・・・これが出るくらいなら、OKです。

慌ただしく、東京に向かいます。車中、那須の2つの現場でのトラブルのこと。今後発生しない様チェックするよう要望しました。


今後のビジネスにおいて、より高品質で不足などのトラブルがないログの供給が不可欠だと、改めて認識させました。

友情は友情、ビジネスはビジネスとお互いに確認しました。

さて、この週末にエアロフロートで帰国の途についた彼は、26日に自宅に戻り、「とても元気」だと電話が有りました。

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